各町・団体の鼕紹介

幸町鼕宮委員会

 

幸町の歴史  

古くは、藩政時代に家老家の下屋敷が建てられています。また、宝暦年間には「釜甑方役所」が開設され、明和元 (1764) 年に市内としては最古の鋳物工場が創業されています。そして現在でも鉄工所が町内にあります。明治 27 (1894) 年 3 月には登り窯が築かれて窯元となるなど、幸町は歴史あるものづくりの町としての面影があります。

 

幸町の町名

幸町の名については、松江分と乃木村の境にある「才 (幸) の神」が町名の由来と伝えられています。

ちなみに、明治 22 (1889) 年 4 月 1 日に市制が施行された当時は松江分字元山と称されていました。その後、大正 10 (1921) 年 1 月 18 日に松江分が分散編成され幸町となりました。しかし、大正 8 (1919) 年 3 月に刊行された松江商工案内には幸町の名がみられるなど、編成以前から幸町の名を使用していたようです。


幸町の歳徳神

八棟作四方唐破風杮葺の宮は明治 28 (1895) 年に寺町の野中銀七によって作られたもので材質は檜です。

野中銀七は小林如泥の弟子と伝えられています。善導寺の大燈籠や本龍寺本堂の彫刻も野中銀七の作と言われています。

大正 4 (1915) 年 10 月に現在の雲南市大東町小河内より購入しています。

正月 7 日頃の日曜日にはとんど祭、5 月 3 日には春季例祭、11 月 3 日 (鼕行列参加年は 10 月第 3 土曜日) には秋季例祭と、年に 3 回祭日としています。

いずれのお祭りも、国道 9 号線沿いの宮倉から町内会館へ遷座し、町内の安寧と団結、町民の健勝と発展を祈念します。また当日は町内各戸に紅白餅が直会として配布されます。

 

幸町の鼕行列

現在の鼕台は四棟四方棲入母屋唐破風造で材質は国産の檜です。平成 10 (1998) 年に忌部町の宮大工持田棟梁によって製作されました。それまでは大正年間に作られた銅板葺の鼕台でした。

 

幸町の奏楽は、ゆったりとした「しゃぎり」が基本です。最近はこれに「早打ち」も取り入れ変化をつけています。

鼕台が新調されたことをきっかけに、平成 12 (2000) 年には「ミタミタ」が導入されました。この頃から若い世代の参加者が増え、平成 23 (2011) 年にはその若手を中心とした幸町鼕宮委員会が再結成されました。これを記念し、今は失われた旧出雲神楽の古曲そのままであると言われる出雲流の奏楽から「早調子」を導入しました。

よって現在では「しゃぎり」「しゃぎりの早打ち」「ミタミタ」「早調子」と多彩な 4 種類の曲目を伝承しています。

 

現在幸町の奏楽では、鼕、締太鼓、篠笛 (八本調子)、チャンガラの 4 種類の楽器を使用しています。この中で締太鼓は幸町の大きな特徴となっています。この他、鼕行列で使用される楽器には、幕末の絵師堀礫山のスケッチ「夜ノ図」に三味線や鼓の様子も描かれています。幸町鼕宮委員会では往時の賑やかな鼕行列を伝えていけるよう日々研鑽しています。


また、幸町の鼕行列は、多くの子ども達が参加し、鼕を打てることが特徴です。参加年は 8 月後半から徐々に練習が始まりますが、早くから子供たちが参加し、めきめきと腕を上げていきます。そして、鼕行列本番には町内の出発式や、県庁前や白潟天満宮前などで子ども達も参加して鼕を打ちます。この子供たちの多くが鼕を伝えていってくれるよう幸町鼕宮委員会は応援しています。

松江市鼕行列保存会
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